今日は命を捨てる日。見城徹, 藤田晋「人は自分が期待するほど~」

正式な書名は

「人は自分が期待するほど、自分を見ていてはくれないが、がっかりするほど見ていなくはない」

です。

構成は、前作「憂鬱でなければ、仕事じゃない」

と同じスタイルで、まず見城氏がガツンと持論をかまし、藤田氏がそれに対し「そうそう」とか

「私は違います」など意見を述べるというかたちです。

言うまでもなく、見城氏は幻冬舎の社長なのに、本書は講談社から出ているという・・・。

どうなっているのでしょう。じつに面白いですね。

お世辞でも何でもなく、今まで買った幻冬舎の本は

ほとんどが当たりでした。

よほど優秀な編集の方が揃っているのでしょう。

その幻冬舎が、今後の出版不況を見すえて

数年内に大転換を図るということを

本書の中で見城氏が語っておられます。

これは注目ですね。

ただ、5年後にはほぼ間違いなく 出版事業は赤字になるという話は

やはりショックです。

まさか、紙の本を読めない日が

やってくるのでしょうか・・・。

この本は言うなれば、見城・藤田両氏から

ビジネスマンへの「闘魂注入」です。

これを心のビタミン剤にして、気合いを入れ直しましょう!

(2012年4月11日 講談社より刊行)

※ 以下、引用です。

僕に強い影響を与えた本だ。初版は1971年。

学生時代から僕はこの本を、何度読み返したかわからない。 (中略) ホセがこの本の中で描いているのは、戦いに挑むボクサーの内面である。 元世界チャンピオンのホセだからこそ書けた、迫真のノンフィクションだ。

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僕が感想を言う時、必ず決めていることがある。まずは褒める。

どこかいい部分を必死に探して、きちっと褒める。 それから、気づいたことがあれば、いくつか指摘する。 相手が感想をしっかりと伝えてくれた時、僕は 「この人とは付き合えるな」とか、「大事にしよう」と思う。 それがモチベーションになり、次の仕事へつながるのだ。 感想は、それを言うこと自体に大きな意味がある。 感想がないところに、人間関係は成立しないと心得るべきだ。

「汗は自分でかきましょう。手柄は人にあげましょう」

首相だった竹下登の言葉である。 昨年三月に亡くなった日本テレビの氏家齋一郎さんはそれに 「そしてそれを忘れましょう」を付け加えていた。 僕は、氏家さんの「忘れましょう」に衝撃を受けた。

「自分で汗をかき、それで得た結果を、自分のものにせず人に渡す」

ここまでは、何とかできる。しかし、そのことを恩に着せず、きれいに忘れるのは、なかなかできることではない。

ヒットしている商品やブームになったものがあれば、

僕はいつもそれを自分なりに分析する。 考えても、わからないこともある。 それでも、否定してはいけない。 そこには僕の知らない価値が存在している。 自分がそれを面白いと思うかどうかは、単なる主観である。 一方、売れたことは、動かない現実だ。現実は、必ず主観に勝る。

結局、人と差がつくのは、努力の質と量である。

人が休んでいる時に、決して休まないことが僕の言う圧倒的努力だ。 それを行わずして、成功などあり得ない。

また巷には、無数の○○養成講座というものがある。

出版関係で言うと、ライター養成講座や編集者養成講座などだ。 そんなところに行って、ライターや編集者になど、なれるはずがない。 主催者側の金儲けだと考えたほうがいい。 物を書いたり、編集したりする仕事は、生き方の集積なのだ。 養成講座に通うより、自分の人生に真摯に向き合ったほうが、よほど優れたライターや編集者になれる 小手先のテクニックなど、意味がない。 これは程度の差こそあれ、すべての仕事に言えることだ。

振り返ってみると、僕は街をブラブラと歩いていることが、

企画に結びついたことが何度もある。 尾崎豊の曲を初めて聴いたのも、新宿・靖国通り沿いのたまたま前を通りかかったレコード店だったし、坂本龍一と偶然出会ったのも、その時はまだ二、三度しか入ったことのない神宮前のバーだった。 ユーミンを最初に聴いたのは、街を流していたタクシーの中のラジオである。 僕は今でも、休日はよく街を散歩する。街には、いつも新しい発見や刺激が満ちている。

新しい事業に乗り出すことは、出版界の秩序を壊すことだ。

しかし、秩序を壊さなければ、挑戦などあり得ない。 あえて危険を冒すしかない。 そのような僕の心情を理解しない部下は、秩序と同様、僕の敵でもあるということだ。 本当の勝利は、秩序に従っているだけでは獲得できない。 秩序とは、現在支配している者の都合によって成り立っているからだ。

僕は毎朝、「今日は命を捨てる日さ」と思って、家を出る。

もちろん、実際に命を捨てるわけではない。 それほどの覚悟をして、毎日会社に向かうということである。

ちひさなやさしい群よ / 昨日までかなしかつた / 昨日までうれしかつたひとびとよ

吉本隆明『転位のための十篇』の中の「ちひさな群への挨拶」と題された詩は、十数行を経て、ぼくはでてゆく / 冬の圧力の真むかうへ / ひとりつきりで耐えられないから / たくさんのひとと手をつなぐといふのは嘘だから と続く。 本書を「昨日までかなしかつた、昨日までうれしかつたひとびと」に捧げたい。 昨日までかなしかつた、昨日までうれしかつたひとびとよ。

「人は自分が期待しているほど、自分を見ていてはくれないが、がっかりするほど見ていなくはない」

と歯を食い縛って、生きるしかないではないか。 『人は自分が期待するほど、自分を見ていてはくれないが、がっかりするほど見ていなくはない』